海難事故年表・・・<1900年代以前>

社会・時事関連情報集

社会・時事関連情報集 TOP >  海難事故年表 > 1900年代以前

更新日 : 2010/3/31

海難事故年表・・・<1900年代以前>


1900年代以前

1707年10月22日:英国シリー諸島沖で英国海軍艦隊4隻が座礁。2000人を超える犠牲者を出した。
1865年4月:アメリカ合衆国のミシシッピ川で就航していた貨客船のサルタナ号が過積載のためボイラー爆発、火災を起こし沈没。
少なくとも1450人が死亡。
1875年12月6日:05:00、客船ドイッチュラントがテムズ川河口でブリザードに遭遇、砂州に座礁。
翌日に救助が来たが、乗客・乗務員100名以上が死亡する惨事となった。この事故は社会に大きな衝撃を与え、
「ドイッチュラントの遭難」という詩が作られた。
1877年11月19日:北海道瀬棚海岸沖にてロシア軍艦アレウト号がおりからの暴風に煽られ座礁。
乗組員60人全員が地元住民により救助されるも、翌1878年4月20日迎えに来た軍艦エルマック号へアレウト号乗組員がボートで
向かう途中高波により転覆、12人が犠牲になった。
1878年12月:和歌山県太地における「大セミ流れ」。
荒天を突いて鯨組が出漁したことから集団遭難事故を引き起こし、110名余が死亡した。資源枯渇による不漁が遠因とされる。
この事故を契機に鯨組は崩壊、日本の伝統捕鯨は終焉の時を迎えた。
1886年10月24日:英国商船ノルマントン号が、和歌山県潮岬沖で沈没、日本人乗客25人ほか、中国人、インド人乗組員12人が死亡。
イギリス人船員は全員生存し、当時の日本で社会問題になった。(ノルマントン号事件)
1886年12月:日本海軍の巡洋艦畝傍がフランスから日本への回航中、シンガポールを発ったのを最後に消息を絶つ。
荒天により沈没と思われるが原因や状況などは現在に至るまで不明。
フランス人乗組員や日本海軍の将兵など計90人が行方不明となった。
1887年5月19日:客船ブリタニックが霧のためセルティックと衝突。
激しく損傷したが沈没の恐れがなかったため援助にきた船とニューヨーク港に移動した。
(詳しくはブリタニック (客船・初代)を参照のこと)
1890年9月16日:日本和歌山県樫野埼灯台付近で荒天下、トルコ海軍艦エルトゥールル号が座礁沈没。
乗員約600人中、地元の漁民らによって69人が救出されたが、587名が死亡または行方不明となった。(エルトゥールル号遭難事件)




情報追加掲載スペース

TOPページ

関連リンク

水 通販

ダイエット

パーティドレス

化粧品 通販

まつげエクステ

まつげパーマ

おしゃれ

男性 悩み

健康食品

核酸

インナー

シガー 葉巻

ワンピース

社会・時事関連情報集 TOPPAGE TOP

@2008 社会・時事関連情報集  SEO POWERED BY CKR