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1980年代
1980年12月30日:野島崎東南東沖合約1200キロを航行中のばら積貨物船「尾道丸」の船首部分が突然折損脱落して航行不能となり、
「尾道丸」の前方を航行していた鉱石運搬船「だんぴあ丸」が引き返し、1981年1月1日「尾道丸」乗組員29名全員無事救助する。
この事故が乗組員全員無事に救助した初のケースとなった(貨物船尾道丸遭難事故)
1981年4月9日:下甑島付近を航行中の貨物船日昇丸(2350t)
にアメリカ海軍所属のジョージ・ワシントン級原子力潜水艦ジョージ・ワシントンが海中から急上昇したため衝突し、
日昇丸は船底を破壊されたため沈没した。乗員2名が死亡。なお潜水艦が救助せずに現場海域から離れたことに対し、
非難された(米原潜当て逃げ事件)。
1985年4月23日:漁船「第二日東丸」が樺太南部の漁場で強風のため沈没。8人死亡。(第二日東丸事故を参照。)
1985年10月7日:客船アキレ・ラウロ号がパレスチナ解放戦線の男4人に乗っ取られる。2日間の交渉の末、犯人は投降した。
(アキレ・ラウロ号事件)
1986年6月16日:福島県相馬市鵜の尾埼沖付近を航行していた「海洋調査船へりおす」が悪天候下で沈没し乗っていた9人が死亡。
(海洋調査船へりおす遭難事故)。
1987年12月20日:フィリピン客船「ドニャ・パス号」(2640t)とガソリンを積載した小型タンカー「ヴェクター号」(640t)が、
フィリピン・タブラス海峡で衝突し炎上、双方が沈没。正確な乗船数は不明だが、少なくとも1576人以上死亡、行方不明。
平時における最大の海難事故といわれている。
1988年7月23日:海上自衛隊の潜水艦「なだしお」と遊漁船「第一富士丸」が横須賀港北防波堤灯台東約3キロ沖で衝突。
「第一富士丸」は衝突から2分後に沈没し、乗客39、乗員9のうち30名が死亡、17名が重軽傷を負った(なだしお事件)。
1988年8月26日:ペルー・カヤオ港外でペルー海軍所属の潜水艦「パコーチャ」に、
]日本の遠洋マグロ漁船「第8共和丸」が衝突し潜水艦が沈没。艦長ら8名が死亡。
なお同艦は元は米海軍バラオ級潜水艦「アトゥル」で、1944年に浅間丸を撃沈した潜水艦であった。
1989年8月20日午前1時45分、ロンドンのテムズ川にかかるキャノン・ストリート鉄道橋の付近で、浚渫船のボウベルと、
クルーズ船のマーショネスが衝突。マーショネス号の乗客132名中51名が死亡した(マーショネス号転覆沈没事故)。
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