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1981年10月16日 - 北炭夕張新炭鉱ガス突出事故。坑内でガスに引火。死者93名。
北炭夕張新炭鉱ガス突出事故(ほくたんゆうばりしんたんこうガスとっしゅつじこ)は、1981年(昭和56年)10月16日、北海道炭礦汽船(北炭、以下略称で表示)の関連会社が経営する夕張炭鉱の一つ、夕張新炭鉱(北海道夕張市)で発生したガス突出・坑内火災事故である。
最終的に93人の死者を出す大惨事となり、日本の石炭産業の崩壊を早めた。
昭和40年代、日本の石炭産業は整理・淘汰の時代に入り、筑豊、北海道をはじめとした地域で次々と生産効率の悪い中小炭鉱が閉鎖に追い込まれた。
その一方で国・業界は最新設備を導入した大規模炭鉱の開発を進めた。
「スクラップアンドビルド」の言葉からこれらの炭鉱は「ビルド鉱」と呼ばれる。
そのビルド鉱の一つが北炭で昭和50年(1975年)に出炭を始めた夕張新炭鉱であった。
当時最新鋭の設備を誇り、また質の良い原料炭が採れたため、衰退が進んでいた夕張市の復興の鍵として、地域の期待を集めていた。
しかしその一方で、国の政策の中で徹底した効率化を迫られていた
(当時北炭は国の政策下で公的援助を受けていたので国の意向に沿うことが会社の命題であった)ため、安全を無視しての無理な出炭が日常化していた。保安設備が整っていることも売りの一つであった。
1975年7月7日に5人の死者を出すガス突出事故が発生したが、その後も無理な出炭は続けられた。
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